2026年8月現在、米国のドローン産業は奇妙な「ねじれ」の中にあります。連邦通信委員会(FCC)が安全保障上の懸念から、中国製ドローンおよび主要コンポーネントを「カバーリスト(排除リスト)」に追加し、事実上の禁輸措置を断行した2025年12月の決定から数ヶ月。ワシントンが策定したシナリオでは、今頃は「クリーン」な米国製ドローンが現場を席巻しているはずでした。
しかし、建設業界最大級の団体であるAssociated Builders and Contractors(ABC)が発表した最新の調査結果は、当局の期待を冷酷に裏切るものでした。現場の請負業者たちは、依然として特定の中国ブランドに依存し続けています。本記事では、この「不都合な真実」を裏付ける調査結果から、以下の5つのポイントを鋭く分析します。
- 市場を完全に掌握する「97.1%」という驚愕のシェア
- 米国製メーカーが主要プラットフォームで「0%」という衝撃
- 1万ドル以下のプロシューマー機が支える建設DXの現実
- 「軍用」と「実務」の定義が衝突するセンサー禁止のリスク
- 規制の脅威に気づいていない現場と、業界団体の政治的沈黙

97.1%という圧倒的な「一人勝ち」
2026年5月に実施されたABCの調査データは、もはや「市場シェア」という言葉が生ぬるく感じるほどの独占状態を示しています。ドローンを運用する建設業者のうち、主要な機体としてDJIを採用している割合は97.1%。対する競合のAutel Roboticsはわずか2.9%に過ぎません。
この数字は、ドローン専門のコミュニティを対象とした「Pilot Institute」の年初の調査(43.4%がDJI禁止を「事業継続の危機」と回答)が、決して一部の愛好家の過剰反応ではなかったことを証明しています。建設業界という、より実利的なセクターにおいても、現実は同じ、あるいはそれ以上に深刻なのです。
「米国の請負業者がDJIを標準としたのは、安くて機能したからだ(American contractors standardized on DJI because it was cheap and it worked)」
この言葉は、現場の合理主義を端的に表しています。安全保障というマクロな議論よりも、今日、目の前の現場で確実に、そして安価に飛ぶツールが必要なのです。
米国製メーカーの「ゼロ」という衝撃
アナリストとして最も注目すべきは、米国製ドローンのホープと目されていたSkydioの惨敗です。主要プラットフォームとしての利用率は0%。バックアップ機(二次利用)としても、スイス製のWingtra(10.3%)やフランス製のParrot(1.7%)に後塵を拝し、わずか5.2%に留まっています。
さらに興味深いのは、今回の調査の選択肢にFreeflyやTealといった他の米国製メーカーすら入っていなかった点です。これは、建設業界という実需の視点において、米国製ドローンの選択肢がいかに限定的であるかを物語っています。自国製というアドバンテージがあっても、現場が求める「汎用性」と「コスト」のバランスを満たせなければ、主要プラットフォームの座を射止めることは不可能なのです。
「1万ドル以下」が現場のリアル:低価格ハードウェアの重要性
なぜ高価な「Blue UAS(米政府認定ドローン)」や産業用機体が普及しないのか。データはその答えを明示しています。
- 予算の壁: 回答者の61.9%が、ハードウェアに費やす総額を1,000ドル〜10,000ドルの範囲内に設定しています。
- 用途のミスマッチ: 80.8%が「現場の進捗管理」、77.5%が「マーケティング」に使用。81.3%が標準的なRGBカメラで十分だと回答しています。
現場が必要としているのは、数百万円するMatriceシリーズのようなモンスターマシンではなく、数千ドルで手軽に運用できるMavicやMiniシリーズのようなプロシューマー機です。米国メーカーがこの価格帯での競争を放棄し、高付加価値な政府・インフラ向けに舵を切った結果、建設現場という最大のボリュームゾーンに「ツールなし」という真空地帯が生まれてしまったのです。
迫りくる「センサー禁止」という第2の爆弾
機体そのものへの規制に加え、FCCが7月に提案した新たな規制案は、さらに深刻な打撃を与える可能性があります。LiDARやサーマルカメラといった特定のセンサーカテゴリーを、輸入および販売禁止の対象とする案です。
調査によれば、回答者の約20%(サーマル19.8%、LiDAR 18.8%)がこれらの高度なセンサーを既に運用しています。FCCはこれらを「軍用グレード」と定義していますが、現場では「3Dマッピング(37.5%)」などの日常実務に不可欠なツールとして定着しています。
もしこの提案が採択されれば、機体の新規導入が止まるだけでなく、修理用の交換部品の供給さえも断たれます。現場の5社に1社が、突如として主力ツールを失う「技術的な暗黒時代」へと突き落とされるリスクがあるのです。
業界団体の「沈黙」と戦略的メッセージ
ABCが発表した10ページのレポートを詳細に分析すると、奇妙な特徴に気づきます。レポート内では「中国製(Chinese)」という言葉が一度も使われておらず、目前に迫ったFCCのコメント期限(9月2日)への直接的な言及もありません。
特筆すべきは、53.5%の業者が「規制とコンプライアンス」を最大の課題として挙げている点です。しかし、私の分析では、現場の業者が念頭に置いているのはFCCによる機体禁止ではなく、**「Part 107(パイロットライセンスの維持)」**といった日常的な運用ルールのことでしょう。つまり、現場は自分たちの使っているツールが政治的に「ブリック(煉瓦化)」されようとしている現状に、まだ気づいてさえいない可能性があります。
ABCは「コンプライアンスの合理化(streamline compliance)」という言葉を使い、政治的な摩擦を避けつつ、現場のツールを守ろうとする慎重な姿勢を見せています。しかし、2万4,000社の会員を抱える団体が、この決定的な証拠を手にしながらFCCの公聴会で沈黙を貫くのであれば、それは自ら会員の利益を放棄することに等しいと言えるでしょう。
現在の米国建設業界において、「DJIか、他社製か」という選択肢はもはや存在しません。突きつけられているのは「DJIか、それともドローンそのものを諦めるか」という残酷な二者択一です。
安全保障という大義名分のもと、実行可能な代替案を示さずに既存のツールだけを奪うことは、建設DX(デジタルトランスフォーメーション)の時計を10年巻き戻すことを意味します。現場が1万ドル以下のMavicで実現してきた生産性向上を、政治的な論理だけで抹殺して良いはずがありません。
最後に、私たちは自問する必要があります。 「安全保障という名目のもと、現場の効率性を犠牲にすることは、果たして正しい進歩の形なのでしょうか?」





