連邦政府による「中国製ドローンの全面禁止」という噂が全米を駆け巡る中、夕暮れを迎えたサウスカロライナ州チャールストンの開発現場跡地で、ある訓練が行われていました。
地元のボランティア救助隊「キャロライナ緊急対応チーム(CERT)」が展開していたのは、導入されたばかりの中国DJI社製最新熱画像ドローンMatrice 4T。泥の上に置かれたランディングパッドから離陸し、夜間捜索訓練へと飛び立っていったのです。
報道では連日「中国製ドローンの排除」が叫ばれ、行政手続き(DA 26-758)へのパブリックコメントには反対3,770件に対して賛成わずか16件という、現場からの圧倒的な反発の声が寄せられています。それにもかかわらず、なぜ民間の救助隊は合法的にDJI機を購入・運用できているのでしょうか?そして、一刻を争う人命救助の現場で、なぜ批判のリスクを冒してまでDJIが選ばれ続けるのでしょうか?
複雑な法規制の盲点、米政府によって隠されていた驚愕のテストデータ、そして現場が直面する絶望的な価格差から、この問題の真相に迫ります。

【法制度の盲点】なぜボランティア救助隊は「禁止令」下でも合法的に買えるのか?
「DJI全面禁止」という見出しがメディアを賑わしていますが、実際の法律や規制の適用範囲には、報道と現場の間に大きな「制度上の盲点」が存在します。
- 新規承認と既存モデルの切り分け 連邦通信委員会(FCC)が2025年12月22日に外国製ドローンを「Covered List(リスト)」に追加した措置は、将来的な新規モデルが米国で承認を得るのを阻止するものです。一方、2025年1月に販売開始されていた「Matrice 4T」は既に承認を取得済みであり、法的に購入・売買・運用が認められています。FCCのブレンダン・カー委員長も「過去に承認されたドローンの継続使用や購入を妨げるものではない」と明言しています。
- 関税引き上げと実際の禁止案 2026年9月3日以降、第232条大統領告示に基づき、熱画像カメラを内蔵した輸入ドローンには100%の追加関税が課され価格は上昇しました。しかし、輸入禁止そのものを目指すFCCのさらなる提案は検討段階にとどまっています。
- 連邦政府規制と民間NPOの決定的な違い 2020年国防権限法(NDAA)第848条や米国安全保障ドローン法(ASDA、2025年12月施行)による購入禁止は、連邦政府機関および連邦助成金(グラント)で購入される機材が対象です。市民からの寄付金のみで運営される民間非営利団体(CERTなど)は、これらの規制対象から完全に外れています。
- 州法の実際の条文 サウスカロライナ州法(Act 150/2026年5月15日署名、2027年1月1日施行)は、刑務所や管制空域、軍事施設上空の飛行、兵器化ドローンを規制するものであり、製造国による一律禁止条項は含まれていません。
つまり、世間で言われる「禁止」は連邦予算の調達制限に過ぎず、民間寄付で活動するボランティア救助隊が既存承認済みのDJI機を購入・運用することには何ら法的問題がないのが実状です。
しかし、法的な抜け道があるからという理由だけで、救助隊がDJIを選ぶわけではありません。彼らが法的リスクを取ってでもこの道を選ぶ背景には、米国製機体を遥かに凌駕する「圧倒的なハードウェア性能」という現実が存在します。
【隠された実力】DHSのテストでDJIが最高得点を獲得
現場がDJIを選び続ける最大の理由は、実際の過酷な環境で示される圧倒的なパフォーマンスにあります。
2025年7月、ニューヨークのハドソンヤードで米国土安全保障省(DHS)が実施した評価試験「Blue UAS」において、DJI Matrice 4Tは驚異的な成績を記録しました。しかし、DHSが一般公開した初期レポートでは、なぜか具体的なスコアが一切省略されていたのです。後に判明した「部外秘(For Official Use Only)」の追加文書によって、以下の真実が明らかになりました。
【DHS評価試験・スペック比較】DJI Matrice 4T vs 米国製競合機
| 評価項目 / 仕様 | DJI Matrice 4T | 米国製主要機(Skydio X10D等) |
|---|---|---|
| DHS 総合評価スコア | 4.6 / 5.0(全テスト機中 最高点) | 3.7 / 5.0 |
| カメラ性能スコア | 4.9 / 5.0(最高評価) | 非公開(DJIを下回る) |
| 通信品質(リンク) | 4.9 / 5.0(他社機が切断される環境でも維持) | 不安定・映像伝送失敗の事例あり |
| サーマルセンサー | 640×512(30Hz)、112倍ハイブリッドズーム | 性能・解像度ともに半分以下 |
| 最大飛行時間 | 49分 | 20〜30分程度 |
| 導入コスト(標準キット) | 約7,000ドル | 3〜8倍(サーマルキットで約3万ドル) |
DHSの評価員は、他社製ドローンが電波障害や高層ビル群の間で位置保持や映像伝送に失敗する中、Matrice 4Tのみが完璧にホバリングを維持し、クリアな映像を送り続けたと記載しています。
実際のCERTの訓練現場では、Matrice 4Tの上部に強力な「AL1スポットライト」が装着され、プレフライト画面には「スポットライト装着により左右の障害物検知が制限される」という警告表示、RTK無効化、高度制限1,001フィート(約305m)の設定、そして映像がテーブル上のDSLRProsモニターケースへリアルタイムでミラーリングされていました。
こうした技術的裏付けがあるからこそ、Facebookで規制について問われた際、CERTは以下のように力強く返答したのです。
“It’s overreach and nobody has time for it anymore.” (これは過剰な規制であり、もはや誰もそんなものに付き合っている時間はない。)
【圧倒的な価格差】米国製代替機は「価格3〜8倍で性能は半分以下」という現実
高性能であることに加え、米国製ドローンへ移行する際に突きつけられるコストの壁は、公的機関やNPOにとって壊滅的です。
- 現場からの証言(ユタ州ウェバー郡捜索救助隊) ユタ州ウェバー郡捜索救助隊の Kyle Nordfors 氏は、大手メディアの取材に対し「米国製ドローンはDJIの3〜8倍の価格がするにもかかわらず、サーマルセンサーなどの性能は半分以下にとどまっている」と実情を語っています。
- 自治体予算への直撃(ニュージャージー州オーシャン郡シェリフ局) ニュージャージー州オーシャン郡シェリフ局が算出した例では、米国製ドローンによる同等のサーマル捜索キット1セットの価格は**29,428ドル(約450万円以上)**に達します。もし政府が強制的な乗り換えを命じれば、その莫大な負担はすべて地域の税金や市民の寄付金に跳ね返ってくることになります。
寄付金で運営されるボランティア団体や、予算の限られた地方自治体にとって、「高価格・低性能」な米国製への移行は物理的に不可能に近い選択肢なのです。
【現場の選択】全米の警察・救助組織の8〜9割がDJIを頼りにしている
政治的な思惑や国家安全保障の議論をよそに、「暗闇で倒れている人を発見し、命を救う」という目的に対して、全米のファーストレスポンダーたちは極めて現実的な判断を下しています。
- 圧倒的なシェア 全米法執行ドローン協会(LEDA)の発表によると、全米でドローンプログラムを運用する約6,000の警察・公的機関のうち、80〜90%がDJI製を使用しています。
- 「ルールを無視してでも飛ばす」行政機関の存在 CERTのFacebook投稿でのやり取りにおいて、チーム側は「具体的な名前は出せないが、2つの政府機関が(連邦の)ルールを無視して『知るか』とばかりにDJIを飛ばし続けている」という衝撃的な裏話を明かしています。
- 実災害での実績 2020年に設立されたCERTは、大規模ハリケーン「ヘリーン」の被災地に即座に展開し、実際の救助活動で成果を上げました。災害現場で必要とされるのは政治的スローガンではなく、「今すぐ確実に動く機材」なのです。
業界アナリストとしての見解を述べるなら、公的機関や救助隊がDJIを使うのは政治的メッセージを投じるためではありません。彼らはシンプルに、「限られた手持ちの予算で、暗闇から最も確実に人命を救えるツール」を選んでいるだけです。
連邦政府は「安全保障上のリスク」を強調しますが、具体的な脆弱性の証言や実証データは今なお公表されていません。一方で、救助現場が直面しているのは「今夜、山中で迷子になった子供を探せるか」という生身のリスクです。後者を優先する現場の判断を、誰が責めることができるでしょうか。
今後の展望と読者への問いかけ
FCCが検討している熱画像ドローンの完全輸入停止案(180日間の猶予期間後に輸入停止)が万が一可決・施行された場合、将来の救助隊は劣悪な性能の高額な米国製を買うか、中古市場で型落ちのDJIを探すしかなくなります。今回CERTが最新のMatrice 4Tを導入できたのは、その「最後の扉」が閉ざされる直前のタイミングだったと言えます。
国家安全保障上の懸念と、目の前で救いを求める人々の命。
政治が答えを出せずに混乱を極める中、私たちはこのバランスをどのように取るべきなのでしょうか?現場のリアルな声に、今こそ耳を傾ける必要があります。





