米国防総省は長年、中国のドローン大手DJI社の製品に対し、「データのバックドア」や安全保障上の脆弱性があるとして、厳しい警告と事実上の排除措置を講じてきました。しかし今、米空軍がその「禁断のドローン」をあえて公費で購入するという、極めて皮肉なパラドックスが生じています。
それも導入先は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を運用する、米国の安全保障の要たる核ミサイル基地です。なぜ米空軍は、自ら危険性を説いてきた中国製ドローンを手にする必要があるのか。その背景には、イデオロギーよりも「戦場のリアリズム」を優先せざるを得ない、現代戦の冷徹な実態がありました。
「毒を以て毒を制す」:訓練用ターゲットとしての必然性
今回の導入を主導しているのは、ワイオミング州F.E.ウォーレン空軍基地の第90ミサイル航空団です。彼らの任務は、核抑止力の要であるICBM「ミニットマンIII」をあらゆる脅威から守ることにあります。
しかし、空軍が求めているのは、監視用や攻撃用の機体ではありません。敵が仕掛けてくるであろうドローン攻撃を模した「訓練用の標的」です。この計画は同基地に留まらず、モンタナ州のマルムストローム空軍基地でも同様のシステム導入が進められており、米空軍地球規模攻撃軍(AFGSC)全体で対ドローン訓練を標準化する戦略の一環となっています。
空軍が今回、具体的に指名して調達するのは、Mavic 2 Pro、Mini 3 Pro、Avata 2といったDJIを代表するモデルです。当局は、これら「現実の脅威」を模した訓練の重要性を次のように強調しています。
「DJIブランドのドローン購入は絶対的な作戦上の必要事項である。承認済みの米国製『ブルー・ドローン』だけに頼っていては、警備チームが統計的に最も遭遇する可能性の高い機体への備えが不十分なままになってしまう」
ドローン界の「AK-47」:DJIが支配する戦場のリアル
なぜ他社製品では代用できないのでしょうか。それはDJIが世界の商用ドローン市場の80〜85%という圧倒的なシェアを占めているという、抗いようのない事実に起因します。
シンクタンクCNAの軍事技術専門家、サミュエル・ベンデット氏は、DJIの製品を現代戦における「新たなAK-47」と評しています。かつてのソ連製自動小銃がそうであったように、DJIのドローンは安価で堅牢、かつ箱から出してすぐに実戦投入できる「究極の汎用兵器」と化しているのです。
一方で、国防総省が安全性を承認した米国製ドローン製品群、いわゆる「ブルー・ドローン(Blue UAS)」は、DJIが持つ「即応性」や「普及度」という面で太刀打ちできていないのが現状です。敵が最も使いやすく、どこでも手に入る「AK-47」を手に襲いかかってくるのであれば、防衛側もその特性を熟知していなければ勝負になりません。
急増する脅威:数字が語る「350件の侵入事案」
米軍がこれほどまでに実機訓練を急ぐ背景には、具体的なデータの裏付けがあります。
- 350件の侵入事案: 2024年だけでも、米軍施設周辺で記録されたドローンの無断侵入事案は約350件に達しています。
- 独自のRFシグナルの壁: DJI機は独自の無線周波数(RF)信号、通信プロトコル、および特有の飛行特性を持っています。
- シミュレーションの限界: コンピュータ上のシミュレーションでは、これら物理的なRF信号や機体特有の挙動を完璧に再現することは不可能です。実機特有の電波を検知し、物理的に無力化する感覚を養うには、本物のDJI機を使う以外に道はありません。
核施設という極めてセンシティブな場所で「本物の脅威」にさらされている米軍にとって、シミュレーション上の訓練はもはや不十分なものとなっているのです。
「エアギャップ」で守る安全:サイバー懸念への回答
とはいえ、中国製技術を核心部に持ち込むことへの警戒は解かれていません。米軍は「技術的合理性」と「安全保障」を両立させるため、徹底的な「デリスキング(リスク低減)」措置を講じています。
まず、ドローンの制御にはDJI純正のアプリではなく、米国製の「RIZER」ソフトウェアを使用します。これにより、中国側へのデータ送信の入り口をソフトウェアレベルで封鎖します。 さらに、これらの機体は国防省(DoD)のネットワークから物理的に完全に遮断された「エアギャップ(物理的隔離)」環境下でのみ運用されます。
外部との通信を一切遮断した状態で、機体の「物理的な飛行特性」と「電波特性」だけを抽出して利用する。この綱渡りのような運用こそが、中国製ドローンという「毒」を訓練に活用するための米軍の回答です。
技術的合理性と安全保障のジレンマ
今回の調達は、2025年7月にピート・ヘグセス国防長官が署名した「米軍のドローン主導権の解放(Unleashing US Military Drone Dominance)」という覚書に基づく例外措置です。これは、電子戦テストや対ドローン開発のために必要な「最小限の量」に限り、敵対国製ドローンの保有を法的に認める枠組みです。
2026年8月現在、この動きは米軍内での現実的な標準となりつつあります。安全保障上の懸念から敵対国の技術を排除しようとする「イデオロギー的な純潔性」と、目の前の脅威から核施設を守り抜くという「生存のための合理性」。米軍はこの究極の選択において、後者を選びました。
「自らを守るための最良のツールが、自らが最も警戒する相手の技術である」という皮肉な現実は、グローバルなサプライチェーンと先端技術が複雑に絡み合う現代戦の難しさを、何よりも雄弁に物語っています。





