ガジェット好きや投資家の間で、今、深圳を拠点とする2つの企業の動向がこれまでにない注目を集めています。アクションカメラやドローンの分野で世界をリードするInsta360(影石)とDJI(大疆)です。
今、この両者の間で起きている事態は、まさに「異常」の一言に尽きます。2026年6月現在、わずか1週間のうちに、平均して「3時間に1回」のペースで新たなニュースが飛び込んでくるという、凄まじい情報密度。Insta360がDJIの未発表製品「Osmo Pocket 4P」を真っ向から狙い撃ちにしたフラッグシップ機「Luna Ultra」を電撃発表すれば、その直後にDJIが米国テキサス州で6件もの特許侵害訴訟を叩きつける。さらに舞台は中国国内にも広がり、ドローン特許や元R&D幹部の引き抜きを巡る泥沼の法廷闘争へと発展しています。
一見華やかなコンシューマー・エレクトロニクス業界で、なぜこれほどまでに激しい争いが起きているのでしょうか?その裏側には、企業の生存をかけたリアルな「死闘」が存在しています。
フードデリバリー戦争を凌駕する「死闘」の正体
かつて中国のテック業界を席巻した「フードデリバリー戦争」を覚えているでしょうか。プラットフォーム同士が巨額の資金を投じてシェアを奪い合ったあの戦いですが、現在のInsta360とDJIの争いは、それを遥かに凌駕する残酷なものとなっています。
フードデリバリー戦争がメディアによって過熱気味に演出された側面があったのに対し、この映像機器・ドローン分野での戦いは、文字通り企業寿命を削り合う「リアルな命の奪い合い」です。
「Not all disregard for costs deserves to be praised.(すべてのコスト度外視が称賛に値するわけではない)」
ハイテク企業が利益を度外視し、出血を厭わずに戦い続けなければならない。この状況は決して健全な進化の結果ではなく、消耗戦の極致に立たされていることを物語っています。
売上急増の裏で「キッチン家電並み」まで急落した利益率の衝撃
Insta360の業績データを見ると、一見して驚異的な成長を遂げているように見えます。2026年第1四半期の売上高は24.8億元。前年同期比で83.1%増という数字は、本来なら映像機器業界にとって「オフシーズン」であるこの時期としては、異例中の異例と言える爆発的な成長です。
この成長を牽引したのは、昨年投入された「Insta360 X5」や「X4 Air」、そしてドローン市場への野心的な挑戦作「Antigravity A1」といった主力製品群です。しかし、この華々しい成長の裏には、目を疑うようなパラドックスが隠されています。
- 利益率の崩壊: ピーク時に14.8%を誇った純利益率は、直近で3.4%まで急落しました。最先端のハイテク巨人が、今や「トースターやケトルを作る一般的なキッチン家電メーカー」よりも低い利益率で、かろうじて息をしている状態なのです。
- 時価総額の蒸発: 2025年の上場時に1,500億元を記録した時価総額は、現在630億元へと、半分以下にまで沈み込んでいます。
この利益消失の背景には、原材料高騰だけでなく、熾烈極まる「価格競争(Price War)」があります。高付加価値製品であるはずのカメラやドローンが、もはや利益を削り合うコモディティ化の波に飲み込まれているのです。
研究開発費を「全額費用処理」する守りと攻めの決断
Insta360のコスト構造の中で、最も異彩を放っているのが研究開発(R&D)への投資です。2025年の研究開発費は15.3億元と前年のほぼ2倍に達し、売上の約20%を注ぎ込んでいます。2,180名もの研究員を抱え、その平均年収は54.4万元(約13.6%増)まで跳ね上がっています。
ここで特筆すべきは、同社がこの巨額のR&D費用をすべて「資産」ではなく「費用」として計上している点です。
- 「受動的な無力感」と慎重さ: 本来、将来の利益に繋がる開発は資産計上が認められます。しかし、Insta360が全額費用処理を選んでいる(あるいは監査法人がそうさせている)のは、ドローンやAIチップ、独自アルゴリズムといったプロジェクトが「資金を飲み込むブラックホール」と化しており、将来の確実な収益性を証明しきれないという危うさの裏返しでもあります。
- DJIとの引き抜き合戦: 13.6%もの給与上昇は、単なる福利厚生ではありません。DJIとの間で繰り広げられる熾烈な「人材の引き抜き(Talent Poaching)」に対抗するための防衛的な戦費なのです。
法廷に持ち込まれた「第2の戦場」
競争の舞台は、もはや製品のスペック表だけではありません。法廷という名の「第2の戦場」での消耗戦が、企業の体力をさらに奪っています。
- グローバルな法的圧力: DJIは米国テキサス州東部地区裁判所にて、意匠や発明を含む6件の特許侵害でInsta360を提訴。
- 国内での足留め: 深圳の中級人民法院では、ドローンの特許権および、元R&D中核職員の帰属を巡る訴訟が泥沼化しています。
これは単なる権利の主張ではなく、相手の新製品投入を遅らせ、膨大な法的リソースを浪費させることで、ライバルの足を止めるための戦術的な攻撃に他なりません。
未来への展望と読者への問いかけ
Insta360とDJIが繰り広げるこの「死闘」は、中国製造業が直面している「売上は増えても利益が残らない」という深刻な構造的課題を浮き彫りにしています。市場が拡大し、コンテンツ制作が民主化される一方で、メーカー側はその代償として、かつてない低利益という地獄を這っています。
結局のところ、この消耗戦から抜け出す唯一の道は、価格競争に頼らない「圧倒的な差別化」以外にありません。
「私たちが手にしている素晴らしい映像技術の進化が、もしメーカーたちの身を削るような自己犠牲の上に成り立っているとしたら、私たちは将来、どのような真のイノベーションを期待できるでしょうか?」
この「死闘」の結末は、単なる2社の勝敗ではなく、私たちが未来に手にするテクノロジーの質そのものを左右することになるのかもしれません。


