SF映画の名作でスクリーンの空を自在に駆け巡ったあの「デロリアン」の姿を、誰もが一度は思い描いたことがあるはずです。40年近くにわたり世界中の人々の記憶に刻まれてきたそのノスタルジックな夢が、現実のモビリティとモータースポーツの世界でついに動き出そうとしています。
サンフランシスコで開催された「TechCrunch Disrupt」において、デロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)は、電動「空飛ぶクルマ」の選手権「Airspeeder International Series」への参入を発表しました。アメリカ初のコンストラクターとして「DeLorean Airspeeder Team」を立ち上げ、2026–27シーズンの開幕戦となる11月のレースに向けて名乗りを上げたのです。
映画ファンや次世代モビリティ愛好家を熱狂させるこのニュースですが、華やかなコンセプトの裏には、技術的な実態と航空規制における「意外な真実」が隠されています。

【意外な事実】「空飛ぶクルマ」レースの正体は、実は「大型ドローン」のレース
「空飛ぶクルマのレース」という刺激的な言葉を聞くと、パイロットがコックピットに乗り込み、空中盤上でデッドヒートを繰り広げる光景をイメージするかもしれません。しかし、デロリアンが2026–27シーズンで使用するマシン「Airspeeder Mk3C」は、人間が搭乗する車両ではありません。
その実態は、重量220ポンド(約100kg)、96kWのパワートレインを積み、時速120km(約75mph)以上で飛行する8基のローターを備えたオクトコプター——すなわち、地上にいるパイロットが遠隔操作(リモート)で操縦する巨大な産業用ドローンです。米国連邦航空局(FAA)の小形無人航空機規則「Part 107」が定める55ポンド(約25kg)という上限の4倍もの重量を誇るヘビーリフト機体なのです。
Airspeederの公式ホームページには、今も「remote today, piloted tomorrow(今日は遠隔操作、明日は有人飛行)」というスローガンが掲げられています。
一見すると「乗れるクルマ」とのギャップに驚かされますが、このレースの技術的見どころはドローン工学の最前線にあります。時速120km超で接近戦を繰り広げるための高度な「衝突回避システム」や、ピットストップで僅か「55秒」という驚異的なスピードで完了するバッテリー交換技術など、ハイレベルな遠隔操縦とドローン技術の粋が集結しているのです。
デロリアンのチーフ・ブランド・オフィサーであるキャメロン・ウィン(Cameron Wynne)氏は、今回の参入に込められた文化的な期待を次のように表現しています。
「人々は40年間にわたり、空を飛ぶデロリアンを思い描いてきました。」
【ブランディングの実態】初年度は「デザイン付け」のみ、本格設計はこれから
デロリアンは「米国初のコンストラクター(建設者)」を掲げて参入しましたが、初年度となる2026–27シーズンにおける彼らの役割は、実質的に「デザイン・アイデンティティの主導」にとどまっています。
レースで使用される機体「Mk3C」は、Airspeederの姉妹会社であり豪アデレードに拠点を置くAlauda Aeronautics社が全チームに供給するターンキー(即座に稼働可能な標準化)マシンです。デロリアンはこの機体に対し、伝統のシルバーペイント、DMCおよびDeLoreanのロゴ、象徴的な青いストライプ、キャノピー後方の星条旗といったスタイリングを施してサーキットに送り出します。
ただし、彼らのビジョンは単なるカラーリングや話題づくりで終わるものではありません。続く2027–28シーズンに向けて、デロリアンはカリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)やジョージア工科大学などの優秀な学生エンジニアリングチームとタッグを組み、独自のカスタム機体を一から設計・開発する計画を進めています。
短期的なパフォーマンスだけでなく、将来的な次世代モビリティ社会の基盤づくりを見据えた、極めて長期的なブランディング戦略と言えます。
【現実の壁】「有人飛行」延期の裏にある安全性と規制の厳しさ
なぜ「空飛ぶクルマ」レースでありながら、いまだに地上からの遠隔操作が主体なのでしょうか。そこには、有人航空認証を取り巻く極めて厳しい歴史と規制の現実が存在します。
Airspeederは当初、2021年の発表時点で「2022年には有人レースを開始する」と予告し、2025年までに10の有人チームを立ち上げる目標を掲げていました。実際、有人専用機として「Mk4」を開発し、2025年9月にはオーストラリア民間航空安全機関(CASA)から実験飛行証明書を取得。2026年4月には公開展示飛行まで漕ぎ着けました。しかし、複数の機体が接近して超高速で競い合う「有人レース」の本格開幕は遅れ続けています。
その最大の理由は、過酷なレース環境における安全基準の確立が極めて難しいためです。
象徴的な出来事として、2019年7月にイギリスのウェスト・サセックスで起きた事故が挙げられます。Airspeederの試作機(Mk II、重量約95kg)のテスト飛行中、地上のリモートパイロットが制御不能に陥りました。さらに緊急停止機能(キルスイッチ)も作動せず、機体はロンドン・ガトウィック空港の到着機が交差する高度約8,000フィート(約2,400m)の管制空域まで勝手に上昇。最終的にバッテリーが切れ、住宅地からわずか40メートル(約130フィート)の地点に墜落したのです。
2021年2月に公表された英国航空事故調査局(AAIB)の報告書は、同機が「公認された基準に沿って設計、製造、テストされていなかった」と厳しく指摘しました。この痛烈な教訓こそが、Airspeederに「remote today」を徹底させ、安全と法規制の枠組みを慎重に構築させる直接的な契機となったのです。
【業界の対比】本物の「人が乗るeVTOL」はすでに別の場所で飛んでいる
モータースポーツの領域が「超高速かつ過密な近接飛行」ゆえに厳しい安全認証とリモート操作に縛られている一方で、パーソナルモビリティ業界全体に目を向けると、すでに人間を乗せて空を飛ぶ電動垂直離着陸機(eVTOL)が現実のものとなっています。
- Jetson ONE: カリフォルニア沿岸での有人飛行を鮮やかに成功させている1人乗りeVTOL。
- Pivotal BlackFly: 米FAAの「Part 103(超軽量動態規定)」の枠組みを活用し、すでに1,000回以上の有人飛行実績を重ねている機体。
ここで興味深い法規制の対比が浮かび上がります。重い機体で高速レースを行うドローン(Part 107の重量上限を超える大型機)が安全認証の壁から地上操作を余儀なくされる一方、軽量化と単独飛行に特化したパーソナルeVTOLは、「Part 103」という超軽量機向けの規制緩和策を巧みに活用することで、一足先に「人間が乗って飛ぶ」という領域に到達しているのです。
最先端の大型ドローン工学として極限のスピードと制御を競うレースの世界と、超軽量規定のもとで個人の移動手段を追求するモビリティの世界。次世代の空の移動は、この2つの異なるアプローチによって進化が加速しています。
今後の展望
デロリアンがこの空飛ぶクルマのレース選手権に参入した真の目的は、単なるSF的なエンターテインメントやノスタルジックなプロモーションではありません。
彼らが狙っているのは、将来的に「空飛ぶクルマ」が一般社会へ普及する時代を見据え、その絶対条件となる安全性、コンプライアンス、そして航空規制の枠組み作りに対して、自動車メーカーとして最前線から直接関与し、主導権を握ることにあります。
11月に開幕する「Airspeeder International Series」。スターティングラインに並ぶデロリアンの機体は、地上パイロットの高度なドローン操縦技術によって空へと舞い上がります。
はたして、コックピットに本物のパイロットが乗り込む「piloted tomorrow」の瞬間はいつ訪れるのでしょうか? そして、私たちが映画のシーンのように、自分自身の手で「空飛ぶデロリアン」を操縦して空へ飛び立てる日はやってくるのか——モビリティの未来をかけた挑戦は、まだ始まったばかりです。





