民生用ドローンの世界では、障害物回避や自動ホバリング、自動帰還(RTH)など、ソフトウェアが操縦者を全面的に支援する「全自動化」が目覚ましく進んでいます。しかし、最新のミリタリー・テクノロジーがしのぎを削る現代戦の最前線では、正反対の構造変化が起きています。高度な電子支援機能をあえて削ぎ落とし、過酷な「完全手動操作(マニュアル飛行)」へと回帰する動きが加速しているのです。
英国陸軍の迅速調達プログラム「Project Rapstone(ラップストーン計画)」では、過去1年間で10,000機を超えるドローンを購入しました。しかし、通常の大規模調達と異なり、これらの機体の過半数は実戦に投入される予定がありません。それらの大半は、訓練場で使い果され、破壊されるためだけに調達された「使い捨ての教具」なのです。
高度な自動化が浸透する現代において、なぜ英国陸軍はこれほど膨大な数のドローンを訓練場で消費する決断をしたのでしょうか。その背景には、高電磁波環境(EW環境)が常態化した現代戦の厳格なリアルと、戦略的な費用対効果の追求が存在します。

機体は数週間で陳腐化する——「ハードウェア」ではなく「パイロット」に投資せよ
ウクライナにおける戦術やハードウェアの更新サイクルは極めて早く、最新鋭のドローンであっても、戦場に投入されてからわずか数週間から数ヶ月で敵の電子戦(EW)対策によって無効化され、陳腐化してしまいます。高価な最新機体を大量に備蓄・保管しても、いざ実戦で運用する頃には兵器としての価値を失っているリスクが極めて高いのです。
この課題に対処するため、英国陸軍は2024年9月に「Project Rapstone」を発足させました。同計画は、防衛産業からの調達から最前線への配備までの期間を24ヶ月以内に縮小し、2027年までに陸軍の打撃力を倍増させることを目指しています。英政府が打ち出した総額50億ポンドのドローン変革パッケージの中でも、Rapstoneに対してはFPV(第一人者視点)ドローンおよび迎撃用ドローンの調達枠として12ヶ月間で5,000万ポンド(約6,700万ドル)が割り当てられています。
しかし、Project Rapstoneの真の核心は、高額なハードウェアの大量ストックを避け、投資の主軸を「パイロットのスキル向上」へと大胆にシフトさせた点にあります。過酷な電子戦環境下でも機能する安価な完全手動のFPVドローンを調達し、訓練場で使い潰しながら操縦者の育成に資金と資源を集中させているのです。機体そのものは消耗品と割り切り、どのような極限環境にも適応できる人材という「人間側の能力」を残すことこそが、最も強靭な防衛基盤となります。
安価なFPVドローンを訓練場で使い潰すことこそが、激変する現代戦において最も合理的で費用対効果の高い投資である。
あえて「最も難しい方法」で飛ぶ——支援機能を全削除する逆張り訓練
英国陸軍が取り入れる訓練方針の核にあるのは、徹底した「マニュアル第一主義」です。Project Rapstoneを率いるマット・キーオ中佐は、飛行支援機能や衛星測位(GPS)を一切排した完全手動操作での訓練を**「最も難しい飛び方(the hardest way to fly)」**と表現し、これを意図的に選択・実施しています。
この徹底したアシスト排除のアプローチは、使い捨てのFPV攻撃用ドローンだけに留まりません。欧米の陸軍が長年運用してきた情報・監視・偵察(ISR)用ドローンにおいても同様です。英国陸軍はウクライナ危機以前からISRドローンのパイロット育成に注力してきましたが、現在では小型ISRプラットフォームからも飛行支援やセーフガード機能をあえて取り除き、パイロットが機体の自動制御に依存できない環境を作り出しています。
「オートマ車の前にマニュアル車の運転を覚え、GPSの前に地図とコンパスの使い方を学ぶようなものだ。」 — マット・キーオ中佐
ソフトウェアによる自動制御が遮断される電磁波対立環境下では、いかなる支援機能も機能不全に陥ります。だからこそ、あらゆるアシスト機能を取り払った状態での操縦スキルを叩き込むことで、現場にどんなドローンが配備されても即座に限界性能を引き出せる実力を養っているのです。
実機に乗る前の「30時間シミュレーター集中特訓」
英国陸軍におけるドローンパイロットの育成パイプラインは、極めて段階的かつ合理的に体系化されています。
- ISRドローンの飛行経験: まず基盤となるISR用ドローンの飛行経験を積むことが、FPVコースへの参加要件となる。
- 30時間のシミュレーター集中特訓: 実機に触れる前に、シミュレーターで徹底的に手動操作の感覚と反射神経を叩き込む。
- 2週間の実機オペレーターコース: シミュレーター過程をクリアした後、実際の機体を用いた飛行訓練へ移行(希望者にはさらに2週間の指揮官コースも用意)。
この育成プロセスにおいて特筆すべきは、人材投資の手厚さです。パイプラインに入ったすべての兵士には、ドローン本体、送信機(コントローラー)、ゴーグル、バッテリーで構成される数万ドル相当の専用訓練キットが一人ひとりに支給されます。
シミュレーターと実機との間のスキル遷移率は極めて高く、30時間のシミュレーター訓練を修了したパイロットは、実機に移行しても即座に高精度な手動操縦をこなすことができます。
このような「実機飛行の前に徹底したシミュレーター訓練を前置する」手法は、実機飛行前にシミュレーター講習を必須化している米国陸軍の「Unmanned Advanced Lethality Course」や、全陸軍部隊にシミュレーターを配備したブルガリア軍の先進的取り組みとも軌を一にしています。英国陸軍のプログラムは特に完全手動制御の習得にフォーカスすることで、実機を無駄に破損させるリスクを最小化しつつ、戦場で即応できる熟練操縦者を効率的に排出しつづけています。
GPSが遮断された空を飛ぶ——「紙の地図とカメラ映像」による航法
現在のウクライナ戦場は、ロシア軍による大規模かつ強力な電子戦(EW)空間と化しています。広大な領域でGPS信号に対する強力なジャミング(電波妨害)やスプーフィング(偽位置信号の送信)が横行しており、衛星測位に依存して自機位置を特定する近代的なドローンは、こうした電子拮抗環境下では一瞬で制御不能に陥ります。
そのため、英国陸軍の「GPS否定環境訓練」は極めて過酷です。視界外飛行(BVLOS)訓練において、兵士たちは衛星測位や自動帰還機能を一切利用できません。パイロットと指揮官は、ドローンから送信されてくるリアルタイムの低解像度カメラ映像と、手に持った「紙の地図」の地形をリアルタイムに照合しながら、目的地までナビゲーションを行います。
キーオ中佐が指摘するように、電磁波が遮断された戦域でのナビゲーション(航法)こそ、FPVパイロットが直面する最大の難関の一つです。NATO諸国もウクライナ戦の教訓を分析し、同様の極限状況を自国の訓練カリキュラムに組み込んでいますが、英国陸軍は紙の地図とカメラ映像のみによる視界外航行を徹底訓練することで、対抗国との高強度紛争(Peer-to-peer conflict)を生き抜く戦術的自律性を叩き込んでいるのです。
民生用ドローンの「全自動化」に対する強力なアンチテーゼ
DJIをはじめとする民生用ドローン産業は、DJI Phantomシリーズの登場以降の10年間、「パイロットから操縦技術を不要にするための進化」を追求してきました。位置保持(Position Hold)、障害物回避、自動帰還(RTH)、自動水平ジンバルなど、ソフトウェアが操縦者の操作負荷を肩代わりしてきた歴史です。これらは商業空撮やレジャー用途においては極めて優れたイノベーションですが、高強度の電子戦が展開される軍事現場においては、重大な脆弱性へと反転します。
民間主導の自動化技術は、「通信と衛星測位が安定して確保されている」という前提の上に成り立っています。しかし、敵の強烈な電子戦によってアシスト機能やソフトウェア制御が無効化された瞬間、過度の自動化に依存してきたパイロットは機体の制御を即座に失います。市場で最適化された商業技術が、電磁波の交錯する戦場ではかえってシステム全体の弱点となるという皮肉な構造が存在するのです。
民生用技術のトレンドと、英国陸軍Rapstoneのアプローチの違いは、以下のように明確に対比されます。
- 民生用ドローンの進化: 障害物回避、自動ホバリング、自動帰還など、ソフトウェアによる「操縦のイージー化」
- 英軍Rapstoneの選択: 支援機能の意図的な削除、完全手動制御、紙地図によるナビゲーションなど「技術の自立化」
過酷な現代戦において生還し、任務を遂行できるのは、ソフトウェアの支援が完全に断たれた瞬間に「自らの素の技術」で機体をコントロールできるパイロットだけなのです。
テクノロジー依存への警鐘と読者への問いかけ
英国陸軍が1万機ものドローンを購入し、その大半を訓練場で使い捨てる戦略は、一見すると極めて非効率で無駄なコストのように見えるかもしれません。しかしその実態は、数週間で無力化するハードウェアへの依存を最小限に抑え、どんな変化や電子妨害にも適応できる「人間側の絶対的なスキル」へ投資するという、極めて合理的かつ先見性に満ちた軍事戦略でした。
高度なAIや全自動化システムが社会や軍事のあらゆる領域を侵食していく現代だからこそ、「あらゆる便利機能を取り払ったときに、自分自身に何が残るか」という問いは、安全保障の最前線のみならず、テクノロジーに依存しきる現代社会全体に向けられた強力な警鐘にほかなりません。
あなたが普段頼っているテクノロジーが明日突然使えなくなったとき、本当のスキルは残っていますか?





